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パターンに関する質問と、パターンとはアートなのかデザインなのか考えてみた

最近、 TwitterとかFacebook で @ryuzee さんとか @katzchang さんが「スクラムにおけるImpediments Listはどう扱うのか」みたいなやりとりがありました。 そのやりとりの途中で @jcoplien さんが日本で開催した組織パターンに関する講演の話がでてきました。それは @m_seki さんのブログにレポートがあって先ほど読みました。http://d.hatena.ne.jp/m_seki/20131110#1384094601

で、これらを読んで思ったことを書きながら、TODOってなっていることを @ryuzee さん、 @katzchang さん、 @m_seki さん、 @kawaguti さん、 @jcoplien さん、 @haradakiro さん @digitalsoul0124 さんあたりに質問してみたいなぁと思っています。

ちなみに話題にあがっていた Impediments Listは僕は扱いやすいように管理しておけばListでもバックログでもKPTでもなんでもOKで、いつ解決しないとやばい問題であるかが最初に考えることですかね。出てきた問題によって置き場が変わります。

パターン

パターンが何であるかのより具体的な説明として @jcoplien さんが説明した様子を @m_seki さんは次のように書いてくれていて、「パターンは複数の問題に対して使える」という理解は僕もなんとなくしています。

研修のテキストに「1つのパターンが、いちどに解決する問題は一つだけ」という誤訳があり「一度に一つずつ適用する」が正しかったのですが、これを起点に「一つのパターンが複数の問題を解決するよ、それは...」といった具合にコプリエンが暴走してくれました。

彼の話を全部受け止められた自信はないのですが、がんばって説明します。

まずたくさんのいろいろな向きのフォースが存在する空間があるモデルを考えます。

# ホワイトボード全体にいろんな向きの矢印(フォース)を描いてくれました。だれかホワイトボードの写真残ってない?

つぎにいくつかの矢印を「対象の問題」として選び囲み「それらを解決する、調和させるのがパターンだ!一度に複数の問題が解決されるんだよ!」っぽいことを話してました。

うぉー。なにを問題と思うかも自分たちに任されてる!パターンはきれいに並んでるわけじゃなく重なり合ってる!この説明はいいなあ . . . あ、あれ?

今思うと変だな。あのときは腑に落ちたんだけど...。これってパターンじゃなくてコンテキストとフォース、解決策ですよね。それのカタログがパターンなんだろうか...。

問題すら自分たちで選べるっていうのは自分たちのチームの雰囲気と合ってていいなあと思いました。でもカタログの方はあんまりぐっとこないんですよね...

@m_seki さんの気持ちと一緒かどうかはわからないけれど、パターンのカタログがわくわくしないみたいなのは僕も組織パターンというか、PLoPのなにかを読んでいても同じ気持ちになります。(ちなみに僕はパターン言語好きです) 僕がよく説明するのは「パターンとパターン言語の関係は、業界用語と業界の会話のような関係で、業界用語リストを見てもわくわくしないけど、どの用語を組み合わせるのか、新しい用語を発見するときはちょっと楽しい」みたいな感じです。パターンとイディオムは区別すべきなのですけど、ここでは関係を表現する比喩として使いました。 TODO この認識であっているか聞いてみる

文中にある1度に1つのパターンを適用しなさいは組織パターンというパターン言語(6.2 漸進的成長を主眼にして話した内容)だったからだと思う。どっちにしても1つのパターンが複数の問題の解決に役立つというか、どの問題に使うかは自由で、それは自分がどんな文章組み立てるかは自由なのと似ていると思う。 カタログとしてのパターンやパターン言語は僕の中では、辞書とか文例集とかが近いです。でも、組織パターンやいくつかのパターンに関する名著からも伺えるようにそれはなんらかのストーリーであるべきだし、うまく書かれているものは読んでいて感情移入できるくらいに読めるものもありました。例えば、僕は Fearless Change というパターンの書籍ではいくつかのパターンは読んでいて興奮しました。

でも、どんなに瑞々しい文章でも、自分たちが体験してことばにならないものを触り続けている瞬間の感覚とはかけ離れてしまうなぁと思います。恋愛小説を読んでいる時と自分の恋愛の違いみたいに感じます。恋愛しなくなったり、まともな恋愛をできていないと、恋愛小説を読んで羨ましくなることはあると思います。パターンと毎日楽しく触れ合っている人には、カタログになったパターンはきっとつまらなくうつってしまうときがあるし、そうではないときもある。くらいの印象です。

日本語でも「つまらない」と表現することはいろんな事象に当てはめられるし、「旅行で休む」という行為においてもいろんな問題(仕事で忙しい、家事が大変、日本のキッチリさが鬱陶しい)を解決することもできます。 でも、その1フレーズだけでその人の状況が表現できないので、パターンというのは言語の1部であり、全体性が重要であり、パターンを見出すというのはある種の言い回しと状況を具体的にするという行為なのかなぁと思いました。 TODO もう少し具体的にしたいけどよくわからないので、聞いてみる

パターンはデザインかアートか

最近「芸術とは何か」みたいなのを勉強しているので、パターンはデザインなのかアートなのか考えてみました。(芸術という言葉が面倒(歴史的経緯が面倒)なので、とりあえずアートという言葉で言います。

パターンをみつけたり組み合わせたり、明確にしていくという過程は「デザイン」なのか「アート」なのか。 現代的?に捉えると、アートであるならば問い、未来、可能性の性質が強くなりますし、デザインならば答え、過去の性質が強くなると思います。(僕はデザインとアートの違いをそう捉えている) そうではなく、本来的な意味を考えると、アートは問いと答えを連続させていく行為であり、その蓄積物のスナップショットが文化であるがゆえに、文化とは迷いの象徴であるというようにも捉えることができます。

パターン、パターン言語に触れているその瞬間は「問いと答えを連続させていく行為」としてのアートに近い存在、もしくは「アートとデザインの両方を持っている」と思います。 また、先にあげた業界用語のように比喩に上げたものでさえも同じように言えると思います。日本人が時折バラエティなどで「あぁ、この漢字、熟語の成り立ちはこうだったのか」と感心するのはまさにそういった例なのではないかと思うのです。

デザインの性質が近いパターンとはおそらく本来的な意味のパターンを表現していないのだと僕は思います。 問いや意思や可能性を広く深くしようとするという思いが感じられるから、複数の問題を解決するために使えるパターンになるのではないでしょうか。 TODO 全体的におかしいところがないか聞いてみる

次回

「UXを重視したいという風潮が、建築、都市計画、ITの業界で起きているのは、アートとデザインが再び統合されようとしているのではないか。もしくは似非アーティスト、似非デザイナーをあぶりだす時代の到来か」みたいな話を書きたいと思っています。(予定は未定

組織パターン

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